小金井哲学カフェ進行役のやまもとと申します。
先日実施した「メタ哲学カフェ」について、進行役からの感想を簡単にまとめておきます。
なお、議事録については過去の記事をご覧ください。
今回の実感として、まず「メタ哲学カフェは十分に成り立つ」ということを感じました。
今回はいつもより一層、進行役が対話に介入することを避けましたが、
それでも、哲学カフェそのものに関して、多様な視点から対話がなされたように思います。
また、普段はあまり聞くことのできない、参加者や進行役経験者の意見や感想を
聞けたことは私たち開催者にとっても、大きな収穫だったように思います。
しかし、同時に「メタ哲学カフェ」の限界も強く感じました。
まず、参加者は基本的に哲学カフェに(程度の差はあれ)共感している方しか集まりません。
そのため哲学カフェに対して批判的な意見はあまりありませんでした。
加えて、そもそもこのような活動に興味のない方の意見は、
哲学カフェという場では聞くことができません。
「哲学カフェ」という場の意義を考えるときに、
このような声をいかにして取り込むか、ということが大きな問題になりうると思います。
(例えば、今回、あまり深く議論できませんでしたが、ある参加者の
「哲学カフェの話をほかの人にすると、
そんなところに来る人は不幸な人々の集まりなのでは、といわれる」
という発言が強く印象に残っています。)
今後、機会を改めて「メタ哲学カフェ」を再度実施する予定です。
「哲学」を名乗る以上、私たち小金井哲学カフェは、
「哲学カフェの「何が」哲学なのか」、ということをこれからも考え続けたいと思います。
これからも小金井哲学カフェにおつきあいくださるようお願いします。
小金井哲学カフェ やまもと
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